【『梁塵秘抄』】りょうじんひしょう
後白河院編纂の歌謡集成。嘉応元年(1169)3月頃の成立とされる。その存在は『夫木(ふぼく)和歌抄』などから知られていたが、永く所在は不明であった。それが、明治44年(1911)になって発見された。ただし、現存するのは歌詞集巻一(抄出)、巻二と口伝集巻一(巻首抄写)、巻十の4本のみ。
歌詞集では、法文歌(八・五音または七・五音の四句形式の仏教讃歌)、四句の神歌の神分(じんぶん)(修験関連の地名や神仏習合の歌)・雑の部(定型にとらわれない庶民の感情を詠った世俗歌謡)などの存在が明らかとなっている。「沙羅林(しゃらりん)」「黒鳥子(くろとりこ)」「伊知古(いちこ)」「足柄(あしがら)」「古柳(こやなぎ)」などの曲名と思われる名前が残るが、詳細は未詳。
口伝集巻十は後白河院が50歳の頃に著した。そこには院の十余歳から40年に及ぶ厳しい今様の修練、今様の名手たちへの評価、今様の霊験譚、今様の伝授の重要性などが語られており、今様について知ることのできる、ほとんど唯一の資料である。後白河院は、歌詞や朗詠の本流が世から忘れさられていくことを憂いたが、そのことが『梁塵秘抄』の編纂と、口伝集の著述の原動力となっている。
なお、『梁塵秘抄』の書名は、中国古代の美声の持ち主、虞公(ぐこう)と韓娥(かんが)が歌うと、その響きで梁の上の塵が舞い上がり、三日も止まらなかった、という故事にちなんでいる。
