日本の詩歌には、押韻の厳格な規則が見られません。
〈韻〉があまり顧みられない場合には、往々にして〈律〉の拘束力が強くなる傾向があると九鬼周造は述べています(『日本詩の押韻』)。日本の詩に押韻があまり発達しなかったのは、長歌、旋頭歌、今様が早くに滅びて、短歌や俳句が隆盛を極めたからではないかというのです。
対称性をもつ構造のほうが押韻には向いていると氏は考えていました。ということは、もちろん今様も押韻に向きます。
氏は『梁塵秘抄』に残る今様のうち、七五調四節のものに3つの押韻形式を認めました。後に新間新一氏は、5つの形式を挙げています(『歌謡史の研究その一今様考』)。筆者はさらにもうひとつあるように思いますので、計6パターン(a〜f)の押韻例を以下に挙げてみます。
新間氏によれば、『梁塵秘抄』においては、同じ四句の歌でも、四句神歌より法文歌のほうに押韻例が多く、そのほとんどが脚韻だということです。以下の例も脚韻を扱っています。注)各書の表記に合わせるため、7+5=12文字をひとつの「句」として数えています。
a)イ×イ× (第一句と第三句が韻を踏み、二、四句は踏み落とし)
極楽浄土の東門に
機織る虫こそ桁に住め
西方浄土の灯火に
念仏の衣ぞ急ぎ織る (286)
極楽浄土の東門(四天王寺)で機を織る虫(キリギリス)はその桁に住んでいる。西方浄土の灯りをたよりに、ぎーっちょん、ぎーっちょんと急いで衣を織っている。
b)×イ×イ
迦葉尊者のふる道に
竹の林ぞ生いにける
功徳願の園見れば
昔の庵ぞあはれなる (185)
迦葉尊者の住んだ鳥足山の古道には竹林が生い茂っている。荒れた功徳園の庭を見ると、昔栄えた精舎の草庵が偲ばれてあはれだ。
c)イイ××
遊びをせんとや生まれけむ
戯れせんとや生まれけん
遊ぶ子供の声聞けば
わが身さへこそ揺るがるれ (359)
遊びをしようと生まれてきたのか、戯れをしようと生まれてきたのか。無心に遊ぶ子供の声に、わたしの身体まで揺らぎ出すよ。
d)イイ×イ
須彌の峯をば誰か見し
法門聖教に説くぞかし
阿修羅王をば見たるかは
智者の語るを聞くぞかし (50)
須弥山の峰を誰か見たことがあるのだろうか。しかし尊い経典にかいてあるではないか。阿修羅王を見た者があるのだろうか。しかし智者がその存在を語るのを聞くではないか。
e)イロイロ (交叉韻)
眉の間の白毫は
五つの須彌をぞ集めたる
眼の間の青蓮は
四大海をぞ湛へたる (43)
阿弥陀仏の眉の間の白毫は五つもの須弥山を集めたようだ。眼の間の青蓮は四つの大海を湛えているようだ。
f) イ×イイ
慈悲の眼は鮮やかに
蓮の如くぞ開けたる
知恵の光はよりよりに
朝日のごと明らかに (223)
仏の慈悲の眼は、青蓮華のように鮮やかに開いている。仏の知恵の光は、無明の闇を朝日のごとく明るく照らし出している。
理論上は、さらに
g)イイイイ(一韻法)
h)イイロロ(平坦韻)
i)イロロイ(抱擁韻)
もあり得えますが、少なくとも『梁塵秘抄』には今のところ見つかっていないようです。
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参考)(その1)(その2)共通
・九鬼周造「日本詩の押韻」岩波講座日本文学1931「うわづら文庫」から
・大東俊一「九鬼周造の押韻論」法政大学教養部紀要1996-2
・新間新一『歌謡史の研究その一今様考』至文堂 1945
犬君書